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校長Blog

校長ブログNo.10 個性と規律 ―ならぬことはならぬものです―

「木は木材としてではなく生き物として考えよ」といったのは、平成7(1997)年に亡くなった宮大工棟梁の西岡常一である。すでに世界文化遺産に指定されている法隆寺の昭和大修理の多くを手がけた、飛鳥時代からの寺院建築技術を後世に伝える「最後の宮大工」と言われた人物である。西岡は、「早く太くの造林ではなく、山全体自然のままの強い木を育てること。将来必ず必要になる樹齢千年以上の木を今から準備したい」と、西岡は1本の木ではなく山全体の再生を唱(とな)えた。学校もしかりである。
また、以前、NHKの大河ドラマで「八重の桜」というのがあった。同志社大学を創立した新島襄(じょう)の妻、山本八重の生涯を描いたドラマである。そのドラマの中で、八重の出身地の会津藩の藩士の幼少教育(六才から九才まで)の「什(じゅう)の掟(おきて)」が紹介されていた。「什」とは住んでいる地域毎の十人一組の遊びグループで、「掟」は団体行動のルールである。


「年長者の言うことに背(そむ)いてはなりませぬ」
「年長者には御辞儀(おじぎ)をしなければなりませぬ」
「虚言(きょげん)をいふ事はなりませぬ」
「卑怯(ひきょう)な振舞(ふるま)いをしてはなりませぬ」
「弱い者をいじめてはなりませぬ」
「戸外で物を食べてはなりませぬ」
「戸外で夫人と言葉を交えてはなりませぬ」
ならぬことはならぬものですの七ヶ条で、現在に合わない内容もあるが、会津若松市では今も教育の基本としている。


宮大工の西岡は、山の北面で育った木を建物の北側で使うなど、「個性を殺さず癖(くせ)を生かす。人も木も、育て方、生かし方は同じだ」と木の育った環境や個性を建築に生かした。会津藩は、集団の規律を重視しつつ、八重のような女性でありながら砲術を学んだ個性あふれた人材を育てた。
本校も、これまで自主自律の精神で、西岡のいう個性と会津藩のような規律を尊重する教育を実践してきた。生徒の皆さんには、今一度、互いの個性を尊重し、規律を守って、将来、グローバル社会の中で活躍できる人間性豊かな人材となることを願っている。

 

2019年9月12日