Vol.14

中学23年生の総合探究「KASEIセミナー」が始まりました。私が担当しているテーマは、「未来社会とデジタル」です。

生徒たちが立てた問いを読んでいると、一つ、目に留まったものがありました。
AIで生成された絵は、なぜ不快に感じるのか?」
なるほど、と思いました。

私自身も、生成AIが作った画像や動画を見て、「すごい」と驚くことがあります。一方で、「何か違う」と感じることもあります。
それは、「不快」というほど強いものではありませんが、うまく言葉にできない違和感です。

もちろん、私は生成AIを否定的に考えているわけではありません。
文章を書いたり、考えを整理したりする中で、私自身も日々活用していますし、これからの社会に欠かせない存在になっていくことも間違いないでしょう。
それでも、その違和感はどこから来るのだろうと考えました。

少し前に観た映画『マンダロリアン&グローグー』のことを思い出しました。
主人公のグローグーは、最新のCGではなく、あえてパペット(人形)で表現されているそうです。
そのことが、かえって「本当にそこにいるように感じる」「かわいらしさにつながっている」と、多くの人に評価されていることを知りました。

考えてみると、私たちは日頃から、人がつくり出したものに心を動かされることが少なくありません。
美術館で作品を鑑賞するとき、私たちは絵そのものだけを見ているわけではありません。
その作品が生まれた背景や、描いた人の思いにも思いを巡らせます。

スポーツも同じです。試合の結果だけであれば、ニュースで知ることもできます。
それでも競技場へ足を運ぶのは、その場の空気や緊張感だけでなく、選手たちが積み重ねてきた努力や思いを感じたいからなのかもしれません。

人と話すときも、言葉だけではなく、表情や声の調子、その場の空気から相手の気持ちを感じ取っています。
私たちは、目に見えるものだけではなく、その向こうにいる「人」を感じようとしているのではないでしょうか。

だからこそ、作品に感動し、試合に胸を熱くし、人との出会いに心を動かされるのかもしれません。

AIはこれからも進化し、私たちの生活を大きく変えていくでしょう。

リアルとデジタルのあいだで、私たちは何を大切にしていくのか。

生徒たちの問いをきっかけに、そんなことを考えさせられました。

校長 荒籾 和成